中里は浴室の鏡に貼られた黒いビニール袋をベリベリと剥がしていた。初めて彼女がここに泊まった夜、風呂に入るなり「何か鏡を隠すものが欲しい」と言われ、貼ったものだった。彼女は頭を洗っている最中に目をつむるのだが、開けた時に鏡に何かが映っていると思うと怖くて仕方が無いと言って、俺はそれを笑い、それなら一緒に入ってやると、初めての泊まりだと言うのに彼女の羞恥心を無視したことがあった。
 貼り付けている養生テープは水気に何度も剥がれそうになって、その度に貼り替えはしていたものの、黒い幕を全て外し、そこに現れた新たな養生テープにどきりとさせられた。
『これを読んでいるということは、私が浴室の鏡が平気になったのか、それとも私がこの浴室を使わなくなったのか、どっちかだね。前者だといいな』
 15センチほどに切られた養生テープが2枚貼ってあり、そこに彼女の文字でそう書いてあった。
「後者だ」
 思わず吐き捨て、養生テープを剥がした。自分の知らない間に、彼女はこんなものを用意していたのだ。別れてしまった今となっては、あの時から彼女は別れを想像していたのかと思えて悲しい。
 確かに鏡は怖い。不と目を向けた時、何が映っているのかわからない。今俺が見上げた鏡の中には、女々しい顔をした己が写っていて、彼女への未練だとか自尊心だとかで胸がおかしくなりそうだった。
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