「だからライト消して下さいって!」
 車内からくぐもった声が聞こえる。夏になってからと言うものの、妙義山では蛾が大量発生していて、小さいのか大きいのまで様々な蛾が浮遊していた。がそれに怯えることに気を良くした中里だけがライトを消そうとはせず、頂上でだべっている時も彼の32と自販機だけが光を放っている。
「あんまりいじめるとナイトキッズ脱退しますよ!」
「別に構わん」
 薄情者!と吠える自分の声がドンガラの車内に響いてやたらと大きく聞こえる。きっと外にはその3分の1ほどの音量でしか聞こえていないのだろう。時折窓ガラスに蛾のぶつかる音がする。さすがに淋しくなって涙が零れそうで、はサイドブレーキを下げ、他のメンバーが動揺する中、スキール音を立てながら下山した。
 しかしほどなくして背後に光と排気音を感じ、こんなにも早く追いつくのは彼しかいないと思い、はハザードランプを点け、路側帯に車を寄せた。後ろの車も同じように車を寄て停車した。
「なんですか」
「すまん。そこまで嫌だったとは思わなかった」
 車から降りてきた中里はばつが悪そうな表情で、反省しているようだった。その証拠に32のライトは切ってあった。
「でもこういうことなので蛾が治まるまでお休みします」
「ああ、そうしてくれ」
「え……もしかしてさっきの“構わん”って本当に思ってるんですか?」
 あれほど走りに真面目な中里が、蛾ごときに休むことをすんなりと受け入れたことに、の不安を煽る。
「いや。夏は慎吾みたいに浮かれた奴が出回って物騒だからな。蛾にうろたえる姿を見てお前が女だと再確認した」
「なんですかその言い方……」
「まあ危ないから家で大人しくしてろ。大学は宿題ないのか」
 心配なら心配だって、素直にそう言えばいいのに。口煩いおじさんみたいになって。
 気をつけて帰れよ、と締めくくった中里は32に乗り込んでまた妙義山を登って行った。丸目4灯、それだけでスカイラインを彷彿とさせるテールランプの赤色がゆらりゆらりと消えていく。
 何かバッタの跳ねる音がして、は慌てて車内に逃げ込んだ。それからステアリングを握り閉め考えた。虫よりも日焼けの方がまだ怖くないから、まだ残っている夏の間に太陽の下で彼と会いたいと。
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