海に行きたいと言われて、少し躊躇した。なんせ群馬は内陸地。度重なる板金のせいで生活費は容赦無く削れていくし、車を所有するというのはそんな甘いもんじゃない。車検代や保険代、日々のガソリン、オイルにタイヤ。言い出したらキリがない。それなのにこいつは海行きたいなんて言い出した。自分だって車を所有してこうやって山に走りに来ていると言うのに、わざわざ俺の32で行きたいと言い出した。
 駄目ですか?なんて申し訳なさそうに訊いてくるもんだから、頷いてしまった。スタンドでガソリンを入れる前に立ち寄ったATMから出てきた明細の残額を見て、その時こそため息が出て憂鬱だったが、窓から入り込む潮風は心地が良かった。助手席で同じ風に髪を揺らせる彼女も心地良さそうだった。

「こないだ友達の命日だったんです」

 そんな横顔と裏腹の言葉が飛んできて、きっとこれから墓参りに行くのだと予測できた。

「友達って言えるのかわかんないんですけどね。さっきガードレールが綺麗なところがありましたよね。恋人とドライブ中に突っ込んで海に落ちたんです」



 俺は32を海水浴用の駐車場に停め、季節外れの砂浜に彼女と降り立った。俺たちは恋人ではないが、お互いに同じようなことを想像してるんじゃないかと思った。

「なんか、逃避行の末に半ば自害みたいな感じだったそうです」
「友人の恋人を悪く言う訳じゃないが、」
「自意識過剰かもしれないですけど、このドライブに付き合ってくれたり、私がスカート履いてきたことに気付かない訳ないのにそういうこと言うのは、私のこと思ってくれてるからですよね」
「そうかもしれん」
「でも、やっぱり、どんな終わり方にしろ、永遠ってないですよ」

 そう言って波の作り出した泡を見つめる彼女は、何故だか笑顔よりもその憂いの表情の方が魅力的に思えた。返す言葉もなく、同じように泡を見つめながら彼女の口から続く言葉を待った。

「さっき事故現場を通った時に考えました。永遠がないなら、今ここで終わらせてもいいのかもしれないって。そんなことを微塵でも思ってしまった私は、中里さんの隣にいるべきじゃないんです。隣って、助手席って意味じゃないですよ」

 彼女は海からこちらに向き直って、言う。

「私、中里さんのこと好きです」

 中里さんは永遠を信じますか?
 俺はその告白と問い掛けに答えられなかった。美しいと思っていた彼女の内面を見せられ、腰が引けてしまった。待ち合わせ場所で立っていた可愛らしいスカート姿の彼女に心が跳ねたのが嘘だったように、彼女に付き合う覚悟がないと、失恋ではなく、幻滅でもなく、自分自身に落胆した。
記憶の海岸
くべる