もはや恋人と呼んでもいいのかはわからない。私の中ではもうただの危険な男としか見られなくなってしまった。そんな奴と一緒に生活しているのは自分に何も取り柄がないから。彼の足元で生かさせてもらうことしか、私には生きる術がないのだ。
 しかし今日は思わず家を飛び出してきた。頬はじんじんと痛み、口の中が切れて鉄の味がする。痛いはずの足を懸命に動かして、あの閉塞的な部屋から飛び出してきた。そして、帰る場所をなくす。
?」
 その声に呼ばれただけで涙が溢れた。全ての傷か癒えるようだった。
 会社から帰宅した中里さんは部屋のドアの前に腰をおろしてぼうっとしている私を見て驚いたようだった。それから顔を上げた私の表情を見てますます驚いた。
「今日はいつもより酷くて、殺されるかと思って逃げたのはよかったんですけど、行くとこがなくて、それで」
 ずっとあなたが助けに来てくれたら、どんなに幸せかと想像してた。でも助けに来なくて別に落胆はしてないですよ。誰だって面倒に首を突っ込みたくないのは当たり前ですし。でもこうして私は彼のアパートに来てしまいました。優しく私の背中をさする彼に申し訳なくて、泣きながら話した。
 まだ今日はうまく眠れなくても、きっとそのうちに安心して眠れる夜が来ると、彼は約束してくれた。


深海魚よりもグロテスクになる環境