初めて救急治療室やってきた俺は、ベッドの上で冷える体に毛布を巻き付け、腕は点滴と繋がれている。そこで冷静にも慌ただしい医者たちを眺めていた。
さんのお連れ様ですか?」
 そう訊かれて頷いた。正直言うと「さん」と呼ばれた少女の名前までは知らない。苗字も看護師に言われて初めて知った。カタカタと音を鳴らしながら横に並べられたベッドには月明かりと車のヘッドライトの灯りしかない埠頭で見掛けたあの少女が横たえていた。
 とある埠頭へ行かないかと先輩に誘われ、ドリフトをはじめたばかりの俺は二つ返事で答えた。いかにも治安の悪そうなところだった。しかしどこかパーティのような煌びやかな雰囲気が、俺を圧倒していた。
 そこで不と目に止まったのが彼女だった。ただ単純に視界に映り込んだだけだと思う。彼女は恋人らしき男に何かを言われ、表情は暗く歪んでいた。男はそんな彼女をその場に置き去りにし、自分の車に乗り込んでタイヤを鳴らしながら急発進し、ドリフトをし始めた。ギャラリーがそれに注目する中、俺だけが彼女を見ていた。そして、なぜか足は彼女の方へと動き出し、彼女もどこかへと歩み始め、人ごみに姿が隠れ、俺は走った。走った先にはコンクリートの絶壁と揺れる水面があった。周りの人間が「誰か落ちたぞ」と言うのが聞こえ、迷うという思考回路が欠如してしまったかのうように、俺は冷たい海中へ飛び込んだ。
 そこからの記憶はない。それでも彼女は息をしているらしく、口と鼻を覆うように付けられた透明のマスクが規則的に曇っている。それに安心した。彼女が目を覚ました時、きっと誰だと問われるだろう。その時に何と応えれば良いのかと考えて看護師に言われたことを思い出し、勝手に照れた。