私が学校から帰ると門の前にカブが止まっていて、そのすぐそばでスーツを着た人が何か書類の確認をしていた。その人がどくのを待つのも、今から道を引き返すのも気が引けて、私はその人に声を掛けた。
「うちに用ですか?」
「あ、さんの娘さんですか。妙義信用金庫の中里です」
 その名前と声に覚えがあった。濃くキリリとした眉によって引き立てられる目力に一瞬どきりとさせられた。いつも玄関先で話している声をリビングから耳にするだけだったが、あの人はこんな人だったのかと、無意識に確認した。
「定期のことで伺ったんですが、お母さん留守みたいですね」
 そう言われて、確か今朝お母さんがスーパーの特売日の広告を見ているのを思い出した。私が帰宅するこの時間帯はいつも買い物に行っている。
「たぶんスーパーに行ってます。じきに帰ってくると思うのでどうぞ上がって待ってて下さい」
 何を私は誘い込んでいるのだと軽い頭痛がした。しかし自分で言うのもなんだか、そういうお年頃なのだ。年上の男の人が気になる。
 中里さんは2度断ったが3度目で折れた。なるべくお母さんがスーパーに長居してくれるといいなと思いながら、私はスクールバッグから家の鍵を取り出して玄関のドアを解錠した。いつもならしないのに、紺色のプリーツスカートから太ももが、あわよくばパンツが見えてしまうのを期待して、脚を伸ばしたまま前屈みになって靴を脱いだ。振り向いて「上がって下さい」と見上げた中里さんの表情が必死に混乱を抑えているようにみえて、私は思わず微笑んでしまった。しかし、
「あら中里さん」
 その声に私は落胆し、中里さんは助かったとでも言いたげだった。買い物袋をいっぱいに膨らませた母が立っていて、すぐに振り向いた中里さんははきはきと挨拶をしていた。
 玄関に二人を残し、私はのっそりと立ち上がって自分の部屋へと階段を上がって行った。今度中里さんが来た時は絶対にお近付きになってやると、恋心なのか下心なのか、野心に胸がときめいていた。
やさしくてあまい純粋な凶器
title:エナメル