シャワーを浴び終えてバサバサと髪の毛を拭う毅は洗剤の匂いの中に違う匂いを嗅ぎつけたのか、台所に立つ私の姿を見つけ、何をしているのかと問いかける。少し大きめの茶碗に解きほぐした卵をフライパンに流しているところだった。

「出し巻き卵。卵がいっぱいあったから。どうせ毅は目玉焼きかスクランブルエッグくらいしか作らないかと思って」
「どうせってなんだよ」

 フライパンに流し込んだ溶き卵がプシュプシュと音を立てながら気泡を作る。四角のフライパンがなかったから普通の丸いフライパンなのが少し出し巻き卵感を損なわせている。本当は毅がシャワーから出てくる前に作り終えて端を切り落として食べてしまうつもりだった。
 卵の気泡の出来具合や火加減を見ていると、背中に毅の胸板がふんわりと当たり、腹部に腕が回る。まるでドラマのような新婚さんシチュエーションにドキリとする。毅は時々、こういうことをする。

「なに、どうしたの」
「別にいいだろ。出し巻き卵作ってんだ」

 なにそれ、と私笑って、まだ上澄みが半熟のままの卵の層を、手前に寄せていた既に2重ほどに折り畳められた卵で巻き始めた。手前から奥に。手慣れた手付きとは言い難いが、薄い卵を破らないように注意深く。

「そういや高校の時の家庭科の教師が、関東と関西で出し巻き卵の巻く方向が違うって言ってたな。どっちがどっちだったか忘れたけど」
「毅がエプロンと三角巾つけてるとこ見てみたい」

 きっと妙に似合うんだろうな。でもどちらかと言うと、毅はシェフではなく板前って感じだ。そんなことを考えて少し笑いがこぼれてしまったから、「お前いま絶対想像して笑っただろ」と毅は私の腹に回した腕を少しきゅっと強く締める。想像して笑ったところもあるけれど、正直言うと悔しい気持ちもある。今こうして抱きしめられている私はこの上なく幸せだが、板前仕様な毅を拝むことのできた女子生徒もいた訳だ。
 焦げるぞ、と後ろから声がして、慌てて卵をひっくり返した。私の気持ちも、焼きもちを焼くどころはなく、焦げ付きそうだった。


ハムエッグ・ラブソング
title:くべる