恋も愛も知らないくせに
 同じ図書委員のさんは既に図書室のカウンターに腰掛けていつものように文庫本を読んでいた。彼女は地味という言葉がぴったりで、自ら発言するような性格ではなくいつも影にいるようなクラスメートだった。

「その貸し出しカードはもう確認しました」

 必要事項しか言わず、挨拶すらしないような。つんとした言い方ではなく、自分の口から何かを発言するのは恐れ多いという言い方だった。加えて中里もそんなに愛想のいい方ではない。彼女の言葉に無言の返事をし、隣の椅子に静かに座った。
 彼女とは違って本を読むこともない中里は少し苛立ちを感じながら、手持ち無沙汰を紛らわせようと、すぐに目に入るところで開かれた彼女の単行本に目をやった。あまり会話文のない小説だった。ただそういった描写ばかりが綴られた場面なのかもしれない。

『ぴたりと密着したお互いの腿の肉は触れたところろでお互いの体温を中和し、心地よい湿り気を帯びている。そこを離すことなく纏わり付くように出し入れされる男の局部に女は嬌声を発する』

 いつも静かに読んでいる本は官能小説だった。彼女は教室で平然と生々しい男女の情事を読み耽っていたのだ。
 いけないものを見てしまったと、中里は少しどきどきとした。盗み見るつもりなどなく堂々と本へ顔を向けていたから、彼女が余程集中して読んでいない限り、中里も同じページを見ていたことに気付くはずだ。
 しかし彼女は何を言うでもなく、顔は本へと俯けたまま、するりと右手を落とし、その手を中里の腿へと当てがう。ことの成り行きを理解できずにいる中里は声も上げられず拒否もできずに狼狽えた。先ほど読んだ小説のこともあり、僅かに反応し始めた自分自身を押さえつけようと必死になる。

「驚くよね」

 は情けなく笑った。それでも腿にのせられた手はそのままで、それどころかゆっくりと動き始め、内腿の方をまさぐる。中里はの手に近いところで首をもたげ始めたものに焦る。制服のズボンは薄く、何が起こっているかなんてすぐにわかってしまう。更には彼女は官能小説を普段から熟読していてそんなことなんかは重々わかってしているのだろう。
 中里は今までの地味で大人しい彼女からは想像もできない事態に、今までの彼女を頭の中から捨て去る必要があった。しかしあれやこれやと同時にできるような余裕が、今はない。

「中里くんは寡黙な方だから、きっと誰にも言わないよね」

 自身もまだ踏み切れない部分があるのか、そこには触れようとしなかった。ずっと、腿をさすっているだけだ。

「でも嫌だったらやめるから、言ってね」
「ちょっと待て」

 ついに局部に触れかかる彼女を止めた。しかしその手は既に下着とズボン越しの局部に触れていて、そんなところで手を止めて大人しくされたら、僅かに動いていることが伝わってしまう。煮え切らない気持ちに中里は苛立った。

「お前は何がしたいんだ。俺が好きなのか」
「……うん。好き」

 の言葉が本当なのか出任せなのかはわからなかったが、中里としては理由ができたと思った。今まで見たこともないような彼女の表情にどきりとさせられる。もしかしたらこんなふうに彼女を見るのは初めてかもしれない。
 中里は彼女の手が再び動き出し始めたのを感じて、その手を掴むとそこから離した。さらっとしているの手のひらに対して汗ばんでいる自分のが恥ずかしかった。局部も先走りでぐっしょりだ。

「ここでするのか」
「さすがにそこまでしないよ。当番もあるし」
「そんなんどうだっていい」

 “する”“しない”という言葉が二人の間で通じてしまうのが恥ずかしい。
 中里は立ち上がると掴んだままの彼女の手を引いて、二人分の鞄を持つと図書室から出て行く。は今までの大人しさを取り戻したかのように恥ずかしそうに、どこへ行くのかと中里に問い掛けながら早足でついて行った。

 次の日、朝礼で担任が図書委員の当番を怠慢したと彼らを注意した。二人に何かあるんじゃないかとしばらく噂になっていたが、は相変わらずもくもくと読書にいそしんでいた。他のクラスメートは彼女がとんでもないムッツリスケベだと言っても、きっと信じないだろうと、中里は思わず笑ってしまう。今週いっぱい図書委員の当番をするのに、二人で大人しくカウンターに腰掛けるのは困難のように思えた。
title:彼女が眠る椅子