私はカラカラになった喉でただの音になってしまいそうな程の声を発した。私の両耳の横に手をついている中里さんと向き合い、まるで自分はステアリングの視点だった。キスをしようと顔をぐいと近付けてくる彼と絡んでいた視線を解き、退けた。こんなことになってしまったのも、不本意だった。ただ、キスをしてしまえば、寸前のところで止まっている感情が溢れてしまいそうで、どうしてと語りかける彼に、言葉が見つからない。

「私、まだ何も言ってません」
「今更純情ぶんな」

 中里さんはそう言ってまた顔を近づける。私はまた彼を押し退けた。それでもじりじりと迫る彼に、私は徐々に逃げ場を失い始めていた。
 こういうことは、もっと気心知れてからするもだと言いたかったけれど、私たちはもう長い間ナイトキッズのメンバーとして思い出を共有している。だからそんな理由なんて通じないのかもしれない。でも恋人としての思い出をはじめるのなら、こんな破廉恥なことではじめるなんて、嫌だ。中里さんはとても熱い人だってわかっていたつもりだったけれど、さすがにこれは、私の方が焦がされてしまいそうだった。
 せめてキスの前に、キスの後に続く行為をする前に、私の気持ちを聞いて下さいと、中里さんの肩を手で返した。それから、今にも彼の唇との隙間を埋めてしまいそうな唇を震わせて、囁いた。


キスの一歩手前
20150222 天球映写機 hadashi