冷たいなんて感覚はもう当になくなってしまって、暗い海はどの方角を見ても景色は同じに見えた。ただ穏やかな波がそこに存在して、私はその中で浮遊していた。
 船や飛行機に乗っている時に敵に襲われるなんてことは日常茶飯事で、こうして海に飛び込むのにも慣れていた。それでも今日は少しだけしくじって、脇腹が少し痛む。海の黒さに、出血の量はわからない。でも、そのせいなのか、いつもより寂しくて仕方がない。早く誰か助けに来て、と、声にならずに思考だけが一人歩きして焦りが増す。
 海水を含んで飽和し始めた皮膚に、誰かの手が触れる。穏やかな波の中で、それは私の腕を掴んだり離れたり。半分海水に溺れた頭を横にすれば、そこには月明かりに照らされる五右ェ門の横顔があった。彼は私をしっかりと捕まえると、頬をなでる。その指先も、私と同じで飽和していて、触れているのに、きっとお互いにその詳細は伝わっていないと思った。今夜はこのまま、あなたと月夜を過ごして、その先を越えようと思う。


波 に ら る う  
  間 ゆ れ よ に
20150227 天球映写機