あの時、あの人は、どんな思いで、私の額を撫でてくれたのだろう。思ったよりもひんやりとしてどこか人間じみていなかった。それに少しどきりとしたのを覚えている。あの時の自分の感覚を疑えばよかった。今までこうして、心のどこかで彼の笑顔と言葉を支えにした私が、すごくちっぽけで、どこにでもありふれた、あの人と出会う前の自分と何も変わらない、そんなふうに思えた。
、いくぞ」
 そう呼ばれ、手にした重い鉄の塊を握り締めた。この小さな飛び道具で、簡単に人を傷付けることができる。私を呼んだ男も、私の持っているものより少し大きいそれを持っている。
 鼻先に引っ掛けたバンダナが苦しい。

 彼は、突然この町にやってきた。乾燥して、砂だらけの、暑くて、貧しい町。私はそんな町の日陰で生きていた。父親も、母親もいた。彼はこの町の遺跡に眠るという秘宝を探しにやってきた考古学者だと言った。そんなことを語る人間に出会ったのは初めてで、それ以上に、屈託のない笑顔を私に向けてくれる大人は、初めてだった。
 彼は私にこの町の情勢を聞いた。私はまだ幼かったけれど、この町で紛争らしきものが起こっていることは知っていた。父親はその争いに必死になる一人だった。そんな町で生きる私に、彼は哀れみをくれた。その時は、ただただ心配してくれているのだと、こんな私のことを気にかけてくれているのだと、嬉しく思った。
「いつの時代も争いは絶えねえけっどもよ、笑顔だけは失うんじゃねーぞ」
 彼はそう言って、私の額を撫でた。砂を浴びた私の額の上で、彼の手が少しざらざらと滑っていく。
「もしが泣くようなことがあったら、すぐに駆けつけて笑顔にさせてやる」
 そして彼は愛嬌のある笑顔を私に向け、私も釣られて笑ったのだった。それから彼はポケットから1つのキャンディーを取り出して、私にくれた。あの甘さを、今でも覚えている。私の脳裏に、焼きついている。

 あれから幾年かが経ち、父は戦闘中の銃撃により死んだ。その後しばらくして、母も死んだ。父が生きている時でも貧しかったけれど、父がいなくなったことでさらに私たちは生きるのに苦しくなり、母は麻薬販売ルートに乗っかった。そして、母もその中で争いに巻き込まれ、父よりも虚しい死に方で死んだ。犯されて、殺された。
 私は他の国からしたらまだ子供なのかもしれない。でもこの町ではもう大人だった。その印しのように、私も父のようにこの町の争いに加担するようになった。自分から選んだ道ではなく、この貧しく国政も行き届かないこの町では、そうするしか生きるすべがなかった。
 私は、笑顔を忘れた訳ではない。笑顔の形は覚えている。頭の中ではっきりと思い描けるのに、それができない。
 それなのに、あの人はきてくれない。それは当たり前だと思う。彼が私にくれた笑顔には、優しさには、言葉には、何の罪もない。それでも、今私の置かれたこの状況にこんなにも恐怖して、やめてしまいたいと思うのは、あの人のくれたその全てのせいなのだと思う。
 優しさと愛に溢れていて、誰も傷付けず、誰も傷付かない、何も奪われない世界が、この町の外に、きっとあるのだと知らされてしまった私は、自分の立場を受け入れることができず、また今日も、人を殺す。

ちぐはぐな視線をかわして
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20161008 少年チラリズム