私たちのキスに、舌を絡めるような、子宮をくすぐるようなキスはない。ほんとうにぎこちなく、そんなキスならなぜするのかと意味を問いたくなるくらい、軽いくちづけ。あの日から、中里さんと私の中には、壁というよりも、目に見えないくらい薄い膜で覆われた“遠慮”みたいなものが存在している。
 私は、処女ではなかった。それ故に、彼の家に初めて行くことになったその日、期待しては駄目だ、誘っては駄目だ、と自分に言い聞かせていた。そうして、彼が私にいつもより熱っぽくぬっとりとしたくちづけをしながら、湿り気を帯びた手のひらを私のシャツの裾から忍び込ませる。胸が高鳴った。ようやく、彼の肌と自分の肌がぶつかるのだと思うと、ずいぶん前からそんなことを想像していた自分に気付かされて、ひとり羞恥を覚えた。
 だから私は、自分の興奮した息遣いを脳裏に聞きながら、彼の手をそっと掴んで「いや」と言ったのだ。
 私は傲慢だった。むらっ気のある彼が、もうその気になっているのにその一言で踏み止まるなど思いもしなかった。期待が叶えられる目前で、私は自分の おご りによって、得られるはずの快楽と、なによりも幸福を失った。
 あれから、中里さんは私にあまり触れない。時間が経てば、彼のほうからまたアプローチしてくれるだろうと軽く考えてみたものの、彼にとっても、自宅に招かれておいてセックスを断るという私の振る舞いに何か思うところがあるようだった。
 それでも私たちの恋仲は続いている。こういうのをプラトニック・ラブとも言うらしい。
 でも、私の心は純粋なんかではなく、今でも彼と繋がることを夢見ている。それなのに、見せ掛けの純情を演じ始めてしまって、自分から誘うことをできずにいる。
 そもそも、こんなにもの歳月の間、二人の間にセックスが存在しないということは、二人にとってセックスは必要ないのだと判明しているのに。今更、私だけがずっとセックスしたかったなんて、言い出せない。
 私が彼に触れてもらいたいと伝えることを躊躇しているように、彼も私に触れることを躊躇していてくれたなら。それすらも確認することのできない私たちは、もはや恋仲とは言えないようにも思えた。


理解からも誤解からも遠いところで
20161027 天来