ホテルなんて場所で、私は抱かれたくない。こっそりしているようで、逆に人目を引く気がしてしまう。そう気にしてしまうのは、私のしている恋が、世間的に「不倫」と言われるものだからだろうか。
 真壁さんとこうするようになって、今まで知らなかった彼の表情や思考が見えてくるのが、初めは嬉しかった。誰も知らない、もしかしたら奥さんですら知らない彼の素顔を私だけに見せてくれているのかもしれないと思えたから。思えただけでなく、それは確信だった。だって、不倫という関係がそれを裏打ちしているではないか。奥さんは裏切られている。誠実で夫としても父としても信頼をおいている男は、妻の知らない女を抱いているのだ。お互いの体に触れ、舐め、弄び、性器を擦り合わせている。
 でも、そんな幼い優越感は始めだけだったのだ。今は、その行為すべてを真壁さんに要求されて愛を見せ付けられる度に、淋しさでいっぱいになる。だって彼は、私とこうした後も、ちゃんと帰る場所があるのだ。安定した、家庭という場所が、彼にはあるのだ。
 それを思ったら、はじめは何とも思わなかった、それよりかどこか見下してすらいた彼の妻に対しての嫉妬が、むくむくと膨れ上がって喉をつまらせる。きっと真壁さんは奥さんともこうしてセックスするのだ。でなかったら子供などできるはずがない。避妊具をつけず、奥さんの中でその欲を弾けさせたのだ。どれだけの愛を持てば、覚悟というものを払拭してそのようなことができるのだろう。人間には理性がある。彼には人一倍その理性を制御する力があると思えた。その理性を越えてまで妻を愛しているのだ。その愛を帯びた指先で奥さんにどう触れたのか。奥さんにどんな言葉を投げ掛けたのか。
 私の上に覆いかぶさり、私の股を開く形で開かれた膝に置かれた真壁さんの手に力が篭る。もう少しで、薄いゴムの中に彼の減数分裂した細胞が放出される。虚しい。繋がっているようで、私と彼はどこも繋がっていない。
 ゆっくりと上体を私に預ける彼をそっと抱き締めて、私は静かに泣いた。手に入ったと思っても、それは虚しい、ただの影でしかなかった。
20161125 天来