「こども、苦手なの」

 ステアリングに手をかけて前だけを向いている真壁さんが不意に問うた。
 真壁さんの家に、南波さんと一緒に家に招待された帰り道だった。南波さんと遊びつかれた風佳ちゃんが眠ってしまったので私たちは帰ることにした。後部座席にはチャイルドシートが備え付けてある為、南波さんは後部座席に座り、私は助手席に座った。
 南波さんの家よりも私の家の方が真壁さんの家に近いのだが、南波さんは私の家を知らないので、わざわざ遠回りして南波さんを先に送り届けた。

「苦手、ではないけど。真壁さんの子供だから、苦手です」
「なにそれ」

 真壁さんはいつものステキな笑い声をあげる。私はその横顔を見る。

「だって、意識的に構ってあげようって思うの、子供好きアピールみたいで嫌だなって。風佳ちゃん自身は可愛いと思いますけど。でも私は風佳ちゃんの良い所しか見てない訳だし、ぐずったり手に負えない風佳ちゃんを知らないから。その上で無責任に構うのって、どうかなって。真壁さんは父親だけど、私は子供を産んだ経験なんてないし……そこに気付かれるのが怖くて」

 私が言い終えると、真壁さんはまた笑った。

「だからいいんじゃないの。育児の愚痴を言い合う仲には、なりたくないしな」

 ああ、駄目だ。私と奥さんとの関係を乖離させて考える真壁さんを目の当たりする度に、私はその絶対的地位に嫉妬してしまうのだ。私のことは私として愛してくれている。でも、同率ではない。もし未曽有の大災害が起きた時に彼が駆けつけるのは、間違いなく妻子のところだ。
 そんな妻子がいながらも、私という存在を大切に扱ってくれる真壁さんを愛おしくありがたいと思いながらも、やっぱり、斬り捨てられる立場を了承しているという、無言の承諾を私は彼に示しているのだ。
 最後の最後で、見苦しくも、置いていかないで、私を捨てないで、私を忘れないで、私を見つけて、と叫びたくなるのは容易に想像できるが、それをしないと、約束できてこその、この甘美な関係であるのに。不と感傷的になる。彼の笑う横顔を見るだけで。

子宮に焦がれたマリア像



20161221