です。よろしくお願いします」

 そう言っても周りがとよめかないことが少し気がかりに思うのは、自意識過剰なのだろうか。どちらにせよ、は居心地の悪さを感じた。
 しかしそれについて考える暇もなく、すぐにストレッチを始める号令がかかり、一人ひとり順番に数を読み上げる。も周りに習って大きくはきはきとした声で、「いち、に、さん、し」と唱える。唱えながらも、ここに来たことを少し後悔する。



 『不良グループ、男女暴行事件』
 『夜景スポットに訪れていたカップルを暴走族グループの少年らが暴行する事件があった。被害女性にいたっては性的暴行も受けたとされる』
 『現場に居合わせた警視長の娘。不良グループの一員か』
 『少年ら、保護処分』
 『警視長一家、海外へ。娘の事件への関与の真相は?』

「おーきたぞ、元不良少女が」
「あなたたちの若い頃より幾分マシだと思うけど」

 次元とルパンがディスプレイに表示されたさまざまな記事を読み終え、互いに口述しながら情報をまとめていると、不二子とがたくさんの紙袋を携えてリビングに立っていた。めずらしく、いつもは人に荷物を持たせる不二子だったが、今日はいくつかを手にぶら下げている。
 はいつもバイクに乗るためかパンツルックが多かったが、今日はワンピースを着ている。ライラック色のシンプルなデザインのワインピースは、裾から伸びる彼女の素肌をきれいに見せていたが、思えばパンツばかり穿いている彼女の素足を見たのはこれが始めてなのではないかと思い、ルパンは僅かに、感無量といったところだった。

「それよりも、なんなんです。不二子さんをよこして」

 は紙袋を部屋の隅に置くと、ワンピースを穿いていることもお構いなしにソファに座り、脚を組んだ。

「花嫁修業ならぬ、花嫁接待?」
「ぜんぜん接待されてる感ないんですけど。それに、花嫁って言っても、擬似結婚式のためにこんなことしなくても。エステなんて行ったの初めてですし、ワンピースなんていつぶりか・・・・・・」
「いーじゃないの。似合ってるし。ちゃんが費用出してる訳じゃないんだし、これでイイ男が寄ってきたら儲けもんだろ」
「こんな着飾った状態の私を見たら誰も元不良だなんて思わないでしょうね」
ったら、私と二人でいた時はもっとしおらしかったじゃない。五右ェ門のこともまんざらじゃない風だったし」

 不二子が持っていた手提げの中身は自分用だったようで、さっそく紙袋から出した洋服を身体にあてがって姿見ごしにその姿を見ていた。なので不二子の視線は、ローテーブルを囲む三人には向けられていなかったが、会話はきっちりと聞いているようで、茶々を入れた不二子にが少しキツイ視線を送った。

「石川さんはいい人です。いい人だからこそ」
「事件のことが後ろめたいってか?」

 は頷ずこうとしたが、やめた。彼らは、不良なんてものではなく、現に犯罪者なのだから、そこに引け目を感じることなど全くないのだ。

「私、こんな洋服着ていられません。髪だって、いくらトリートメントしてもらったって、バイクに乗ればすぐにぼさぼさになるし。分割になってしまうかもしれませんが、ちゃんと代金はお支払いします」

 は元々着ていた衣服が入っている紙袋を持つと、ルパンたちの方を振り返った。いつもはカールなどかけない、いつもより艶がかった髪が揺れる。

「石川さんにも、断っておいて下さい。結婚式の計画、私出られません。仕事があるので」

 失礼します、とが部屋を出て行った。サロンでつけられたヘアコロンの香りが、閉められたドアからふわりと漂ってくる。

「ここにきて作戦変更かよ。だから女に構うなと俺は」

 そう悪態をつく次元は、コロンの残り香をかき消すように煙草に火をつけた。テーブルの上にのったノートパソコンのディスプレイには、まだ事件の記事が表示されたままだった。

「いや、ちゃんはなんだかんだ五右ェ門に気があると思うけどな。擬似恋愛じゃなく、マジに」
「ルパンも女心がわかるようになってきたのね」

 鏡の前で新しいアクセサリーを身に付けて、その輝きを覗き込んでいた不二子が、鏡越しにルパンに微笑んだ。



(ヒールなんていつぶりだろう。爪が潰れそう。)

 ルパンのマンションを出てしばらくした所から感じ始めていた足の痛みが無視できないほどになっていた。冬の地面は冷たく、感覚を麻痺させる前に痛みを助長する。それでも自分のアパートが目に見えてきて、あと少しだと、着飾った格好に不釣合いな、いかにもヒール慣れしていない不恰好な歩き方で歩みを進めた。
 道路に面したエントランスから裏手に回り、外階段を見上げた。どうしてエレベータのついているマンションに住もうとしなかったのか、自分を恨めしく思うが、こんな靴擦れをする予定など、帰国して部屋探しをしていた頃の自分にはなかったのだ。
 最後の力を振り絞って階段を上がる。たった一階分の階段を上がるのがこんなにもつらいものなのかと、タイル地にヒールを鳴らしながら上りきると、自分の部屋の前で見知らぬ人物が佇んでいた。

さんですよね」

 どちら様ですか、と聞く前に相手から問われた。そう長くはない警官としての勘と、彼の首から提げているカメラで、相手は記者だと確信させた。
 こういう時は平然と、何も態度に出さないのが良いのだと、父から教わった。そして父は、その究極を行くかのように、何も語らずに、海外へ逃げた。娘を守るつもりでいたのだろうけれど、その娘は今も、過去のツケに追われることになっている。

 部屋に逃げ込もうにも、開けたドアの隙間に脚を挟まれて長々と質問攻めに合うのは嫌だった。凶器にしかみえない大きなレンズを携えたカメラで写真を撮られても嫌だ。そう思い、こちらに近寄ってくる記者から退くように脚を引くと、急に体の重心がぐらついた。

「危ない!」

 記者がそう叫び、駆け寄ってきてこちらに手を伸ばす。本来の自分なら、どこか手すりに掴まるか、階段に手をついて受身を取ろうとするのだが、今日はついていない。こんなヒール、早々に脱ぎ捨ててしまえばよかった。手にした紙袋には、元々穿いていたスニーカーがしまってあるというのに。
 咄嗟にふんばろうとした脚は華奢なヒールのつま先によって裏切られ、足首を捻るようにして完全に体勢は崩れた。足首が捻られたことによってハイヒールが脱げて素足に彩られたペディキュアが見えた。それは、階段から落ちる、とが意識した時に見たものだった。



「これじゃ、大会は無理だな」

 怪我は幾箇所かの骨折や打撲で済んだものの、検査入院の為にまだ病院に足止めされていた。そこに、交通機動隊の安全運転競技大会強化コーチが見舞いにきていた。移動してからの付き合いで、まだ一ヵ月にも満たない。彼も仕事上、見舞いに来る立場であった。それ故に、心配して駆けつけた訳ではないことは容易にわかっていたし、なにより、即戦力と言われて変な時期に移動してきた人間がこんな下らない事故で怪我とは、説教もしたい心持ちだろう。
 は病院という静かで乾いた空気の中、相手のその心境を重々しく受け止め、深く謝罪した。

「本当に、申し訳ありません」
「怪我じゃ機動隊の仕事もできんだろ。また元の部署に戻るよう、先方に伝えておく。いいな」
「はい。お手数をおかけして申し訳ありません」

 コーチとの間で何度「申し訳ありません」という言葉を口にしたのかわからなかった。頭を下げた視線の先で、自分の所持品として備品の小さなクローゼットの横に、スニーカーと一緒にちょこんと置かれていた痛んだハイヒールが目に入り、余計に鬱々しい気分になった。



 検査入院を終え、脳や神経系に異常はなく、帰宅が許された。左腕を下にするように階段から落ちたので左腕は骨折したが、足は打撲で済んだ為、自分の足で帰ることができた。今度はちゃんとスニーカーを穿いて。
 現場に居合わせた記者が救急車を呼び、落ち着いたところで真っ先に記者が見舞いに来たが、すぐに帰ってもらった。見舞いの品だけでも受け取ってほしいと言われ、要らないと言ったにも関わらず勝手に菓子折りは置いていった。しかしそれは病院のゴミ箱に捨てたので持ち帰ってきてはいない。
 またその記者が部屋の前で待ち構えていたらどうしようと思ったが、階段を上がった先にいたのは、予想にもしない、和装姿の男だった。

「いつからそこに突っ立ってたんですか。寒かろうに」
「病院に訪ねるのはまずいと思ってな」

 彼が、五右ェ門が見舞いに来てくれるものだと、当たり前のように思っていて、その感情は期待とも呼べず、ただの豊満でしかなかった。しかし彼は見舞いには来ず、きっと自分が怪我をしたことが彼らの耳に入っていないのだろうと、自分に言い聞かせ、は虚栄心を守っていた。
 病院に来なかったのは彼なりの気遣いなのだと今わかって、自己の豊満さと葛藤していた自分の苦労を笑った。

 部屋のドアを開け、荷物を玄関近くに適当に置いて靴を脱いで振り返ると、廊下でまだ突っ立っている五右ェ門。まだ暖房もつけておらず、外気と然程温度差はなかったが、外から部屋に流れ込む風は冷たかった。

「どうしたんです。入ってくださいよ」
「いや、拙者はそういうつもりでは」
「私だってどういうつもりもないですよ。寒い中待たせて悪いので、温まってから帰ってください」

 「あなたが風邪ひくなんて、想像するだけで滑稽です」と、がケラケラ笑うと、五右ェ門は躊躇しながらもアパートの小さなドアをくぐった。

「お茶淹れます。そのへんに座ってて下さい」

 1DKの狭い部屋に誘われ、五右ェ門はまだ窮屈そうだった。そのへん、がどのへんなのかを少し考えた後、クッションを避けるように床に座った。
 電気ケトルのスイッチを入れ、ほうじ茶の入った缶をあけて香りを確認していると、玄関の方から携帯のバイブレーションの音が聞こえた。お茶の缶の蓋を閉じて玄関に向かい、たくさんの荷物に埋もれたカバンを探り出すと携帯を取り出して発信主の名前を確認した。

「今度は時差を気にしてくれたのね」
『お前、怪我をしたそうじゃないか。しかも記者に追われて──』

 挨拶のやりとりもなく、一万キロ近く離れた距離にいる相手はいつものように傲慢で不機嫌そうな声をしている。

「大した事ないわ。お父さんが騒ぐから私から連絡は入れなかったのに、誰かが余計なことしたのね」
『保護者として連絡を受けて当然だろう。それよりも本当に大丈夫なのか』

 なにが保護者よ、とついムキになってしまう。彼から強要を受けた覚えはあっても、保護という言葉から思い浮かべるような暖かい養護を受けて覚えはなかった。

「いつまでも私は子供じゃないのよ。それにお父さんは私を守ったつもりかもしれないけど、でも、あなたが守ったのはあなた自身だけ。私があんなやつらとつるんでたのが悪い。私が悪いんだから、だったらあのまま私も処分を受けるべきだったのよ。確かに私は彼らの犯行を見てただけで何もしてない。何もしてないってことは、止めもしなかったってことなのよ。それって共犯と何が違うの?」

 あの頃言えなかったこと、言わせてもらえなかったことを、やっと今言えた気がした。悲しくて流す涙ではなく、興奮して感極まって生理的に涙が溢れそうだった。
 通話を切って少しため息をついて、興奮して波打つ脈を鎮めてから玄関に置かれた荷物を持って部屋に戻ると、自分が入れるはずだったほうじ茶が既にカップの中で暖かい湯気をあげていた。五右ェ門が勝手に淹れたようだ。

「ありがとう」

 興奮は収まったものの、まだ少し目がうるんでいる気がした。だからといってここで目元を押さえるのは五右ェ門にこれみよがしにしているようで嫌だった。

「お父さん、と言っていたが」
「そう。フランスのICPOのお偉いさん」

 父の役職を伝えても、今知ったというような表情をしている五右ェ門を見て、彼はルパンたちから自分の経歴を知らされていないのだと、は思った。
 特に語るほどの過去ではないことはわかっている。自分のような元不良少女なんかより、目の前にいる男は、人の一人や二人、いや、そんな数えられる人数ではないくらい、殺しているだろう。しかしそれは、のような世間を生ぬるく生きている人間とは一線を画しているということでもある。彼らは世間に好奇の目を向けられるという、そんなワイドショー的な安っぽい存在ではないのだ。

「もうすぐ、昔の仲間が出所するんです」

 まだ熱いほうじ茶をすする。少し舌先を火傷した。
 不意に語りだしたを、五右ェ門は静かに見据えている。

「私ね、元不良少女なの。それで、ある日仲間が事件を起こして、私以外はみんな少年院や厚生施設に送られた。主犯格の奴は成人してから刑事事件扱いで実刑も受けてる。事件のことはさっき電話口で言ってた通り。でも事件云々より、私の父が当時警視長だったってこともあって、マスコミがしつこくて……それに耐えかねて父はフランスへ。ICPOへ行くことにしたの」



「感傷的になってごめんなさい。悲しみや苦しみのない人生なんて、そんなの人生とは呼べないものよね」

 玄関で五右ェ門を見送り、ドアを閉めた。本当に感傷的になってしまったと、は恥じた。五右ェ門は相槌すら打たずにの話を聞いていたが、自身でさえ許せなかった自分の過去の過ちを、彼はほぐしてくれた気がした。
 彼のそういう底知れぬ優しさに補だされてしまう。侍だから?仏門に通じているのだろうか?そんなことも考えてしまうけれど、結局は自身が、彼に惹かれているということが、話し過ぎてしまう原因なのだと、もう自覚せざるを得ない。
 どうするつもりもない、と言って招いた自室だったが、自分が過去と感傷を吐露した以外、本当になにもなかった。なにもなかったことに、今、冷たいドアノブを握り締めながら落胆している自分がいる。
 そっと肩を抱いて、そのまま唇と唇が重なることを予想していた自分が、今度こそ惨めになった。

 二つのカップに注がれたほうじ茶あまり減っておらず、まだほのかに暖かかった。カップの傍らに置かれた携帯で時間を確認する。まだフランスの父は起きているだろうか、と時差を気にした。



 いつまで経っても来ない。五右ェ門は焦れた。
 元々この結婚式に意味などない。本当の夫婦になる訳ではなく、今現在、ルパンたちがこの結婚式の裏で盗みの計画を着々と進めていることだろう。ルパンたちは本当にが来ると思っているだろうか。
 五右ェ門自身は、彼女の部屋で彼女の過去のことを聞いた。そんなことまで話してくれる仲になれたのだと、嬉しく思った。そんな彼女の自分は何も気の利いた言葉をかけてやれなかったのは不甲斐ないばかりであったが。
 神前の控え室で紋付袴の格好で畳に正座で座っていた。まるで瞑想をしている時のように静寂しかなかったが、脳裏にはのことばかりで心は疑心暗鬼に揺れている。
 控え室に向かって廊下を誰かが歩いてくる音がして、静かに襖が開けられた。待ち構えていたかのように振り返るのははばかられ、依然瞑想にふけているふりをした。

「すまんな五右ェ門。はここへは来ん」
「であろうな」

 そもそも彼女に来る気があるのなら、こんなに遅れて来る訳がない。先日のように事故を起こしたならまだしも。

はまたICPOへ戻ることになった」

 その言葉に五右ェ門は振り返った。声で相手が誰かは既にわかっていたが、銭形がそこにいた。今頃ルパンたちが盗みを働いているというのに、拙者にこんなことを伝えるためだけにここにやってきたというのか。

「ICPOに戻るということは、すなわち、ルパン逮捕に携わるということになる」

 予想もしていなかった展開に、五右ェ門は立ち上がった。足が少し痺れている。
 あっけにとられて銭形が五右ェ門の手に手錠をかけるのも制することができなかった。

「今頃たちがルパンを拘束しているところだろう。お前も来るんだ」

 銭形に連れ出された社の外は、いつの間にか慌しくなっていた。まだちらほらと観光客らしい一般人も見受けられたが、そこにいるほとんどは警官だった。銭形に敬礼や会釈する警官の間を進んで、輸送車に入り、留置所へと向かった。



 留置場の、留置室の前の廊下に着くと、言い争うルパンと次元の声が聞こえた。別々の留置室に入れられているようで、互いに声が大きい。コンクリートの無機質な壁や床、天井に声が響ていた。

「ルパンてめぇ最初っからこのつもりで」
「あいつらのことだ、このままずるずる引きずって、今後の公私混同されても困るだろ」
「くっついちまった方が後々面倒ってもんだろ」
「そうなっちまったら二人の問題よ。俺たちは関係ないの」

 銭形につれられ、こちらに辞儀をする看守の前の留置室に入れられた。下げていた頭を上げた看守の顔を見ると、それはだった。彼女は二人を監視する役目としてそこにいるのだろうが、先程から聞こえてきたルパンと次元のやりとりに策略を感じざるをえない。

「とっつぁんありがとよ。この後も頼んだぜ」
「ふんっ、偉そうに。言っとくが、お前らを逃がさす気は全くないからな」

 ルパンが銭形に礼を言い、そこからはもう次元と言い争わなくなり、冷たい留置場に静寂が訪れた。
 警官の制服ではなく、グレージュのパンツスーツを着たが、五右ェ門の留置室に顔を向ける。日本の警察の制服を着ていた時よりも仕事のできそうな雰囲気をまとっていて、大人っぽく見えた。

「女に追われるのは嫌?」

 柵の向こうで、少し色の濃い口紅を塗った唇の口角が上がる。

「女だろうと男だろうと、職業柄追われて当然の身でな」
「鈍感?それともワザとですか?」

 が苦笑いして、それから少し、ほんの少しだけ女の顔色を見せて、言った。

「私、あなたに惹かれてる。でももう厚生したんです。警官を辞めることはないし、盗人になるなんてとんでもない」

 カツカツとヒールを鳴らす。よく響く室内に遠慮してか、は小声で話していた。ヒールの音は、彼女のクスクスと笑う声を掻き消す。

「だから、私はこの先もあなたを追うことにしました」

 五右ェ門はそこまで言われて、自分たちの想いが通じ合っていることを知る。あの日、彼女が自分の過去を露呈したのは、甘えだったのだと。
 なにもする気はない、どうする気もない、と互いに言っていたが、二人の心は裏腹に高鳴っていたのだ。五右ェ門はあられもなく、あの時に戻っての身体を抱きすくめてその背中や腰を優しくなぞりたいと、欲に駆られる。目の前の柵が邪魔くさい。

「そういうことなら、拙者はもうお主に捕らわれている」
「良かった。私の自意識過剰じゃなかったんですね」

 が柵にすっと顔を寄せる。頭は通り抜けられらないほどの幅の柵だったが、鼻先は柵を越えて留置室に届いている。

「でもこれって、犯罪かな」

 「さあな」と、自分の発した声も定かかわからない。吸い寄せられるように、鼻先と口先が触れ合う。
 の両頬にかかる柵ごと、五右ェ門は柵の間から手を伸ばして包み込んだ。
 久しぶりに日本でと再開再会した、あの泥酔した夜のように身体が熱を帯びて芯から溶けてしまいそうだった。それでも柵が邪魔をして、彼女の全てを胸に収められないのがもどかしい。斬鉄剣さえあれば、こんな柵、いとも簡単に断ち切れるというのに。
 しばらく、二人にはそう長くは感じられなかった接吻を終え、顔を離した。

「じゃあ、また会える日まで」
「お主が優秀であればな」
「甘くみないで下さい。それに、そのうちにあなたの方が私に会いたくなってしまうんじゃないですか?」

 「それはいささか自意識過剰だ」と五右ェ門は言いながらも、きっと会いに行ってしまうだろうと、気が気でなかった。
 現に、つい数カ月前は彼女に会いたくて会いたくて、悪酔いまでして、そのフラついた足で彼女の元まで歩いて行ったのだから。あの日のことが、とても昔のことのように感じた。



「若いもんは場所をわきまえんからに」

 銭形はルパンから渡されたSDカードを管理室のコンピュータに差し込んだ。すると柵に顔を寄せていたの姿が消えた。
 こうなることを予想してルパンにデータ改ざん用のSDを渡されていた。彼らが擬似結婚式ですんなり結ばれないことを、ルパンは最初から予想していたようだ。もっとも、擬似結婚などよりも、こうしてと五右ェ門は固く結ばれた訳だけれど。

「骨の折れる縁結びだな」

 が去った留置場で、隠し持っていたシケモクに火をつけて次元がつぶやいた。

「まったくだ」

 モニター越しにその音声を聞いていた銭形も思わず胸ポケットのタバコに手を伸ばしかけたがやめた。次元に禁煙だと注意しに行かなければと、管理室を離れた。
 だが、銭形が留置室に着いた時には三つの留置室はどれも空だった。ルパンが手渡したSDはたちの睦言を隠ぺいする訳ではなく、自分たちの逃亡を隠すためだったのだと銭形はそこでやっと気がつき、思わずルパンの名前を叫んだ。



足を洗いたくば手を汚せ




20170616/20180210/20180222
天来