クリスマスの朝、目覚めてほんの僅かな違和感に気付く。
 けだるさ以外は何も身に付けていないはずの身体なのに、左腕の、左手の、薬指が、締め付けられている。左手の薬指は心臓と直結する血管があるらしく、それ故に結婚指輪はその指にはめるという。それは本当のようだ。私の心臓は今、薬指と同じように締め付けられている。
 いったい幾らするのだろう。私はこういうものを見る目がないから、ただの金属にしか見えないのだけれど。それでも、その指輪は濡れたように艶めいていて、カーテンから漏れる朝日をはじいてとても綺麗だった。
 指から外して、まじまじと眺めてみる。指のサイズなど、自分自身でも測ったことがないのに、ぴたりと私の薬指に添っていた。あの人は、私の指の太さだけでなく、そっと抱き寄せられる私の肩の幅も、昨夜のようにセックスする時に支えられ、掴まれる腰や手首や足首の太ささえも知っているはずだ。
 そして昨夜の情事を思い出して、私は指輪を宛てもなく放り投げる。寝室の壁に当たって跳ね返り床に転がり落ちる指輪は絶え間なく輝いている。
 私が欲しいのはこんな指輪でもなく、快楽でもないのに。きっと彼もそれはよくわかっているはずなのに。彼はこうして私の心を縛り付けておきながら、私のことを心のどこにも置いてくれない。私は彼の寝顔を見たことがない。
 情けなくも感傷に浸り、流れるかと思った涙も流れず、私はベッドから起きて床に転がる指輪を拾い上げた。こんな形だけの心のない贈り物を、それでも私はこんなものに彼との繋がりを求めてまた指にはめ込む。
 彼はサンタなんかよりも身軽だ。トナカイなんて相棒を従えずとも、世界中の女にプレゼントを配りに回れるだろう。私は良い子にしていたから、こうして、頼んでもいないプレゼントを貰うことができたのだ。
 子供の頃は、両親から「サンタさんに何をお願いするの?」と聞かれるものだった。毎年毎年、サンタへの手紙も書いた。けれど、今は欲しい物を望むこともできない。もしサンタに愛が欲しいと願えば、もう私の元にサンタはやってこないだろう。
 私は、本当にサンタがいると信じていた子供時代のように、彼のことを信じて、薬指に輝く指輪を拳ごと握りしめた。

どこかの国のいつかの夜へ
20180120 7階