勉強が苦手というより、物事への集中というものが苦手な私は、いつも隣で黙々と教科書と羊皮紙に視線を往復させつつ羽根ペンを走らせる彼を見ると、とても憂鬱な気分になるのだ。そもそも自分と彼とでは決定的に学力の差があり、その結果に辿りつくための過程をこうして振り返らずともわかるものなのだが。

 「お金持ちのお坊ちゃまはやっぱり基が違うのね」

 私のその言葉に彼はペンを走らせる手を止め、こちらに視線を変える。今まで机へ向けていたままの姿勢からこちらを向かれると見上げられる形になって、少しドキっとする。時々、何を考えているのかわからない彼の感情に恐怖を感じた。

 「君は馬鹿だな。僕はどうすれば偉い人が喜ぶか知ってるだけ」
 「対人と座学では比べられないわ」

 彼の癪に障らなかったことに安心しつつ、やっぱり頭の良い人の言うことを見習ったところで自分は何も変わらないのだなと思えた。彼は私を気に入ってくれているものの、私は彼に見合うものを何も持ち合わせていない。きっとこうして毎日学校内で会える状況だから一緒にいられているだけであって、そんな状況がなくなってしまえばもう、彼と私は……。そんなことを考えて再び勉強に戻った彼の横顔を見ていると、ふと彼らしい笑みをこちらに向けられる。不意なことにどぎまぎした。

 「君はどうすれば僕が喜ぶか知ってる。それだけでいいんだ」

 彼はそう言って、ペンを持たない手の甲を私の頬に優しく滑らせて。

 「僕もどうすれば君が喜ぶのか知ってる」

ここが薄暗いスリザリンのロビーでよかったと思う。今の私は今夜の予定に期待しきった発情した眼差しで彼を見ているだろうから。こんな顔、彼にしかみせられない。


この人生で君に出会えたということ
彼女が眠る椅子