彼が結婚すると聞いた時、私はそんなに取り乱さなかった。もちろん嫉妬というか、何も思わなかった訳ではない。彼女が彼のことを好きだということはわかっていたし、きっと彼は優しいから、受け入れたのだろうと思う。彼女だって悪い人ではない、むしろ、今こうしてうじうじとしている根暗な私よりも一緒にいることで楽しいと思う時間はたくさんあるだろうと思えた。それでも、彼に子供ができたと聞いて、まるで私の存在が何だったのか、わからなくなった。結婚してからも、恋人という関係はなくなってしまったけれど、変わらず接してくれていた彼。そんな彼と交わす視線にお互いの変わらぬ気持ちがあると思っていた。でも彼女が彼との子供を授かって、とても落胆した。彼の優しさだけではそんな子供なんて、愛がなければ子供なんて無理だと。彼の愛を受けてその証拠まで残そうとしている彼女が嫌いになった。大嫌いになった。大好きな人の幸せを、大好きな人の選択を、もう何でもなくなってしまった私が何も言うことはないのに。同じ時間を同じ気持ちで共有した人が、もうそれを過去にして、忘れてしまうように思えて、いつまでも彼の心に居座ろうとする私は──。

チョコレートの海にダイブ
彼女が眠る椅子